慶應義塾大学 大村研究室 Ohmura Laboratory



研究内容 > 地球環境

 クラスレート水和物(クラスレートハイドレート,ハイドレート.以下ではハイドレート)ハイドレートは人工的に生成するものの他に天然にも存在しています.ハイドレートは水(氷)とゲスト物質が平衡条件に比較して低温・高圧の条件下にあれば,水とゲスト物質が単独で存在するよりも安定な存在となります.地球上でこれらの条件を満たす代表的な場所としては海底や極地の氷床が挙げられます.
 海底ではプランクトンの死骸をメタン菌が分解することによって生じるメタン(天然ガス)がメタン(天然ガス)ハイドレートの形で大量にあることがわかっています.これらのメタンハイドレートの形で存在するメタンを資源として有効活用することについては資源開発の項でで述べたとおりですが,この海底に存在するメタンは地球環境に影響を与える存在でもあります.メタンは二酸化炭素の21倍という大きな温室効果を持つガスであることが知られています.すなわち,海底に大量に存在するメタンがハイドレートの分解によって大気中に放出されれば地球温暖化を招くことになります.現在の地球ではメタンハイドレートが大量に分解し温暖化に結びつく傾向は見られませんが,過去には地球上でメタンハイドレートの分解によって生じた大量のメタンによる急激な温暖化が起こっていることがわかっています.それはおよそ5500万年前に起こったLPTM(Late Palaeocene Thermal Maximum)と呼ばれるもので,この期間では千年程度の短い期間で気温が4~8℃も上昇したことがわかっています.


 ハイドレートは極地の氷床中にも存在します.氷床中に存在するハイドレートにはメタンハイドレートの他に空気をゲスト物質とした空気ハイドレートがあります.空気ハイドレートは雪が降った際に大気中の空気が氷中にトラップされ,それが氷床を形成し,圧力が高くなることによって氷と空気がそれぞれ単独で存在するよりも空気ハイドレートの形で存在する方が安定になることによって生成します.氷床中にトラップされ氷+空気もしくは空気ハイドレートの状態で存在する空気は雪が降った当時の大気を保存しており,その空気は氷床の深い位置にいくほど古い年代のものとなっています.今後の地球規模の気候変動を予測していくためには過去の気候変動を知ることが重要です.氷床中に存在する空気は過去の大気をそのまま取り込んだものとなっていますので,過去の気泡変動を知るための重要な手がかりとなります.実際に南極の氷床はコア(氷の柱)の形で掘削が行われ,それによっておよそ72万年前までの気候が明らかになっています.


 ハイドレートは地球に存在する他に火星にも存在しうることがわかっています.火星は地球と比較して低温・低圧という環境にあるため,H2Oが液体の水の形で存在することが困難であり,その多くは水蒸気もしくは氷の形で存在するとされています.しかし,火星表面から地底へと進むにしたがって圧力が高くなることによって,H2Oが単独の状態ではなく,火星の大気(主成分は二酸化炭素)を取り込んでハイドレートの形で存在するのではないかとされています.この火星に存在するハイドレートは火星における気候変動を知るための重要な手がかりの一つになるとされています.